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光について 6-2

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2005-02-24

これで第6回終了。
今回は灯さまと愉快な仲間達。

第7回からは、明と愉快な仲間達になる模様。


忘れているかも知れない人物紹介

深谷 美希 (ふかやみき) 灯の同級生その1
竹中 真由子 (たけなかまゆこ) 灯の同級生その2


2




「携帯持ち始めたのっていつ頃ですか?」
「たしか高校に入学したときだったと思うわ。わたしはあまり興味がなかったんだけど、お母さんに持たされたの」

 店頭デモンストレーション用のゲーム機に群がる子供達を避けて入り口を抜けると、携帯売り場が見えてくる。各電話会社のブース毎に派手な幟が立っていて、それぞれに担当店員がついている。丁度新機種が出始めたばかり、休日の午後は客入りもよく、どの陳列棚の前にも人だかりができていた。
 二人は小さな人垣を掻き分けてお目当ての品を探すのだが、携帯を持ったことのない明には希望の機種もキャリアもないものだから、最初はただ漫然と展示見本を手に取ってみるだけ。

「全部折りたたみ式なんですね。こう、真っ直ぐなやつはもうないのか…」

 言いかけた明は、展示品の中にひときわ目立つ薄いストレート型のソレを見つけた。オレンジとシルバーの配色に目を引かれたのか、珍しいストレートに釣られたのか、ふらふらとショーケースに歩いていく。

「ね、ねえ明、それはゲームできないのよ。テトリスできないよ?」
「そうなんですか? でもこれ、カッコイイじゃないですか」
「そうかしら。確かにデザインは綺麗だとは思うけど……でもね、ほら、高いじゃない? 今ならタダのやつだってあるんだから。これなんてほら、タダ」

 言うなり彼女は明の袖を引きずって隣の棚に移動する。指さす先にあったのは、彼女の持っているのと同じ折りたたみのそれだった。

「先輩の持ってるやつ?」
「ええ。使い勝手もいいのよ。メールも直ぐに送れるし」
「メールかぁ。ちょっと憧れてたんですよ。携帯でメール。なんかサイバーですよね」

 強引な軌道修正の末になんとか彼を自分の意図した機種に誘導することに成功した灯だが、唐突すぎたかと不安になって彼の顔を盗み見る。
 
――子供みたい。

 二つ折りの筐体を閉じては開けて、サイドボタンや背面液晶を弄るのに熱中している明を見ていると、やはり男の子なのだと彼女は思う。男が皆機械いじりを好むわけではない。もちろん灯にも分かっていたけれど、人口に膾炙したイメージと似通った行動を見つければ、やはり固定観念に引かれてしまう。
 灯は嬉しかったのだ。今彼女の目の前でモックアップを触る少年は、どれほど容姿を変えても、彼女が昔共に暮らした弟なのだ。
 プラモデルの部品を上手く接着できずに何度も試行錯誤を繰り返す幼い弟を、からかい混じりに手助けしてやることもよくあった。不器用な手つきで二つの部品を合わせるが、接着面がずれてやり直し。
 美術では、手を巧みに描くことで人物の感情までも表現できるというが、それはやはり正しいのだ。彼の手はいろいろなことを彼女に語りかけているように思われた。

 しばらくすると、身体を寄せ合い見本を弄り回す二人に、店員とおぼしき女性が声を掛けてきた。

「そちら、今売れてますね」

 気が付いて、明がモックアップから顔を上げる。

「そうなんですか?」
「はい。ご新規でしたら無料になっております」
「へぇ。本当にただなのか…」

『新規無料』と赤色で大書された値札をいまいち信用できなかった彼だが、店員の言葉を聞いて安心する。

「ええっと…じゃあ、あれとか幾らなんですか?」

 灯に引き離されたものの、ストレート型の方にも多少の未練があるらしく、ちらりと振り返って指さす。

「あちらは…ご新規ですと、一万六千八百円になります」

 ポケットからメモを取り出して値段を確かめつつ答えた店員の言葉が終わらないうちに、灯が話しに加わる。

「ね、こっちがお薦め。二つ折りは画面も広いのよ。それにテトリスだってできるし。わたしともお揃いだから、使い方も教えてあげられるし」

 突然会話に割って入ってきた灯に、店員は慌てることもなく上手に話を合わせていく。

「あ、お揃いってことは、カノジョさんですかぁ? お客さんラブラブじゃないですか」

 二十代前半とおぼしき女性店員の口調がいきなり砕けたものに変わった。渋る男に最後の決断を促すのは常に女性の意見だ。カップルで連れ立ってやってきた客の場合、買わない片方を乗せてしまえば、あとは話が早い。店員の格好をしているが、キャリアから派遣されたヘルパーである彼女にとって、機種の値段など関係ない。回線契約を取れれば勝ちである。
 数年の経験から、灯たちを大学生のカップルだろうとあたりをつけた彼女は、素早く畳みかけに掛かる。

「やっぱりカノジョさんとお揃いっていいですよ。それに、こちらでしたら同キャリアになりますから、ショートメールもタダですし、絵文字だって全部使えますからねー。あと、うちでは今、ハートフル割引っていうのをやっていまして、よく掛ける電話番号を五件まで登録していただくと……」

 明は敢えて店員の誤解を正そうとは思わない。見ず知らずの人間に自分たちの関係を進んで明かしたいわけでもない。店員の女と話が弾む灯の様を見れば、彼女も気にしていないのだろう。
 正直なところ、機種などどうでもよかった。もっと突き詰めてしまえば、携帯電話自体あってもなくても良い。ここに来たのだって、昨日の看病のお礼という意味合いが強いのだから、ムキになって姉の意見をはね除ける気にもならないのだ。

「じゃあ、これにします。色は…何がいいかな…」

 独り言を装ってはいるものの、明らかに灯に尋ねる口振りだった。彼女の気に入る色があるならば、それに合わせればいい。彼女は自分とお揃いの白を推すだろうか。それとも男性的な黒を? 何色にしたところで電話ができることには変わりがないのだ。そう大したことではない。
 
 明は「記念の品」とよべるものを嫌う。学校を卒業する時に作る文集や寄せ書きにも積極的に参加したことがなかった。中学まで、それを共に分かち合いたいと思えるような友人も居なかった。上辺だけの薄い付き合いに、記念すべきなにかがあるとは思われない。それは後で見ても、自分の希薄さを読みとるためにしか用をなさない、沈黙した聖遺物のようなものだ。
 同様に、携帯電話はただの道具である。動いている間は使うし、壊れたら捨ててしまう。
 彼が唯一の記念品として後生大事に持ち続けているのは、父親の形見となった腕時計だけ。母親と結婚した時に結納返しで送られたというそれは、さすがに高級時計だけあって、長い年月を過ぎてもガラス面に傷一つなく、父が死んでからは彼の左腕に昼夜問わずぶら下がっていた。
 
「黒とか良いわね、男の子、って感じがする」
「そうですねぇ。男性のお客様にはやっぱり黒が人気で…」

 店員はすでに、携帯の色一つ決められない優柔不断な男に見切りをつけて、積極的に買い物に口を出す女の方に神経を集中していた。女の方は大層な美人だから、この男はきっと不釣り合いをひどく気に病んでいるに違いない。トントン拍子に進んだ商談のさなか、そんなことを考える。
 
「じゃあ、黒で」
「はい。ありがとうございます! では、こちらでちょっと書類にご記入いただけますか? 今日は印鑑とか持ってらっしゃいます?」
「あ、書類はもう書いてきました」

 言って灯がハンドバッグから昨夜母親に埋めて貰った書類を取り出す。そこには、明が自筆で記入するところ以外、全て既に書かれていた。
 
「じゃあ、いただきますねー。…先にお会計済ませちゃってよろしいですか?」
「大丈夫ですよ」
「では…レジの方に」

 買うのは男の方のはずなのに、なぜ女が紙を取り出したのか。些細な疑問は、続く会計の手続きに紛れて忘れてしまった。毎日携帯の販売員をやっていれば、おかしな客はそれこそ星の数ほどやってくる。キャリアの与信が通らないこともあれば、手続きの長さに怒り出す客もいる。そんな有象無象の問題客に比べて、この二人組はそう印象に残らない。女の美しさと男の無定見が多少目を引くが、そんなのはそれこそ掃いて捨てるほどいる。
 店員は作り笑いを崩さずにレジのキーを叩いていた。
 
 
 
 

 
 
 
「やばいよやばいよ! 美希ちゃん! 灯さま、おデート!」

 三年になって予備校通いを親から提案された竹中真由子が、塾通いの仲間を求めて友人たちに声をかけたのが学期の初め。最初に声を掛けた灯には、すまなそうな顔で断られた。それもそのはず、灯の成績はかなりよい。家で勉強をする習慣がしっかりついているのか、それとも純粋に頭がよいのか、どんなテストでも学年で十番を下ることはないのだから、断られることは半ば予想していた。
 一方で、同時に誘った深谷美希はといえば、真由子と同じく成績はあまりよくない。美希の場合部活動に拘束される時間がネックになっているのだが、部活推薦を狙わない以上、ある程度の勉強はしておく必要がある。結果、親の快諾を得た美希はめでたく真由子と同じ予備校に通うことになったのである。
 
 この日、高三生対象としては初めての模試があり、駅前の柏校舎に詰めていた二人は、早朝から午後まで続いた苦行を終えて気分転換にアーケード街をぶらついていた。そこで灯の姿を見つけたのは偶然だったが、同時に邪気のない世間話に格好のネタを仕入れた格好になる。
 
「うわ、ほんとだ。灯さま本気モードだねぇ」

 同性の観察眼から見れば、灯の装いを以て「本気度」を測ることなどたやすい。退屈しのぎに覗いたゲームセンターの入り口付近に、灯の姿を見つけた美希にもすぐに分かった。 クラスの中でも灯のセンスの良さは際だっている。彼女が目を付けた服はいつも大人びて「かわい」かったから、友人の中には真似をする者も多い。部活動で知り合った後輩なども、いわゆる『灯さまモード』に憧れる者はが大勢いた。
 
「やっぱ声掛けちゃ不味いかな? ね、どう思う? 美希ちゃん」
「大丈夫じゃない? 隣にいるのアッキーだし」
「あれが?! この前言ってた!」
「うん。渋いでしょ? アッキー」

 頭一つ背の高い男が寄り添って灯の側に立っていた。アッキー。変なあだ名をつけられてしまった灯の弟だ。彼の方は、灯の華やかさに比して目立つところがない。髪はぼさぼさで、眉を整えているわけでもなければ、すらりと伸びた長身に見合う服を着ているわけでもない。汚れたスニーカーにジーンズを履いて、皺の寄った無地のシャツを着込んでいる。
 
「渋いね。たしかに。でも、素材としてはなかなかなんじゃないかなー」
「確かに」

 真由子の直截な感想に同意する。ただ背が高いだけといえばそれだけなのだが、たたずまいには静かな落ち着きがある。遠目には、普段ひどく大人びている灯が、逆に彼の懐の中ではしゃぐ幼い少女のように見えるのだ。
 
「ああいう弟いいなっ! 大人っぽい弟と可愛い姉! 小説みたいじゃん! やっぱソウシソウアイだよあれは。ね、美希ちゃん!」
「真由子はさ、あの弟さえ大人っぽくなればすぐそうなれるじゃん。『幼い姉』はクリアしてるし」
「可愛い姉、って言ったんだけど!」
「おんなじでしょー」

 まだ中学生の真由子の弟に、美希は何度か会ったことがある。野球部のレギュラーとして活動しているらしく、全身真っ黒に日焼けした坊主頭の少年だった。顔は悪くないし、口調も姉に比して礼儀正しいけれど、明のように、一歩間違えたら恋愛対象になってしまいそうな風情は微塵もない。年の差がそうさせるのか、生まれ持った雰囲気のせいなのか、明のほうがひどく大人に見えたのだ。
 
「どうする? 声掛けとく?」
「どうしよっか」

 いつの間にか二人はゲームセンターの中に入りこんでいた。灯が振り向けばすぐに目に留まる距離。友人の見慣れぬ姿に躊躇う彼女たちの思惑を飛び越えて、そのとき灯が振り向いた。
 
「美希……と、まゆも?」
「あー、偶然だねぇ」

 目が合ったきり立ちすくむ三人。最初に我に返ったのは灯だった。彼女は素早く、掴んでいた明の服の裾を離すと、ぎこちない笑みを浮かべて聞いた。
 
「この前言っていた予備校?」
「う、うん! そう。もう朝っぱらからだから参っちゃったよー。数学わけわかんない。今度灯さま教えてよ」
「ええ。いつでも」
「灯さまは?」
「わたしは…明の携帯電話を買いに来たのよ。明が携帯買うの初めてだっていうから、ね? 明」

 唐突に話を振られて一瞬虚を突かれるが、持ち直した明が答える。
 
「そうなんですよ。本当に助かりました」

 案外に友好的な彼の言葉を皮切りに、場の緊張がふっと溶けた。
 
「えっと、灯さまの弟でしょ? 明くんだよねー」

 真由子が底抜けに明るく語りかける。彼はいつもの薄い笑みを張り付かせて小さく頭を下げて言った。
 
「はい。高江です。はじめまして」
「そっかそっかー。アッキー超果報者だよ? 灯さま独り占めなんて」
「ア、アッキー?」
「うん。アキラだから」
「ああ、なるほど。……やっぱり天嵩先輩人気あるんですね。おれも友達に見られちゃったらやばいなぁ。冤罪で打ち首獄門ですよ」
「…もう、馬鹿なこと言わないで。わたしは別に…」

 弟の冗談めかした言葉に微量の不安と、それを塗りつぶす焦りを感じて灯が会話をかぶせる。
 
「天嵩先輩って、なんか他人行儀じゃない? アッキーだめだよー。お姉ちゃんって呼ぼ…」
「まゆ!」

 声を揃えて制止する美希と灯を、真由子は訳が分からないといった態で振り返る。
 
「ん? どうしたの?」

 ナチュラルボーントラブルメイカー。そんな真由子の評判はやはり正しいのだと美希は思う。邪気のない言動で男たちを振り回す。あからさまなアプローチに気付かない振りをするかと思えば、脈のなさそうなクラスメイトに誘惑まがいの仕草で迫る。彼女が恨みを買わないで済んでいるのは、きっと彼女が「天然」だと思われているからだ。
 ロリータパンクの原色がよく似合う、背の低い、明るい女の子。ボブカットの裾にシャギーを入れて軽く膨らませた髪型。丸顔に大きな瞳。体内に元気の素を詰め込んだ天真爛漫な天然少女。一見してだれもがそんなイメージを抱く真由子だが、その彼女が「天然」だという保証はどこにもない。
 
 よく考えてみると、この三人がよくも友達でいられたものだ。改めて美希はそう感じる。趣味にも容姿にもなんら共通点が見つけられないグループだが、むしろそれがよかったのかも知れない。美希個人に限ってみれば、目指す「路線」が違うおかげで友人たちの美点に嫉妬することはなかった。正当派の美人である灯にもカワイイ系の真由子にもコンプレックスを抱かずにすんだのは、やはりこの差異のおかげである。
 
「で、プリクラ?」
「ええ。明が初めてだっていうから。ね、明?」
「そうですね」

 プリクラの撮影機の前でじっと注意書きに読みふけっている明が振り向いて答えた。世に出た当初はいざしらず、今やブームではなく、当たり前の日常に溶けてしまったプリクラという習慣だが、明にはとんと縁がない代物だった。そしてまた、縁を結びたいとも考えていない。
 機種受け渡しの待ち時間に入ったゲームセンターで、唐突にプリクラを撮りましょうと提案した姉に、あえて異を唱えようとはしなかった。世辞に疎そうな灯がこういった「流行り物」に興味を持っているのがおかしく、また意外でもあった。だから彼の誤算があるとすれば、それはプリクラがもはや「流行り物」ではないのを知らなかったことと、姉の友人たちと遭遇してしまったことだろう。
 
 姉の友人――おそらくは――である美希に対して、先日昼休みにひどい対応をしてしまった。感情の高ぶりを抑えきれずに、本心を見せてしまった。諍いとすら言えない小さな騒ぎが彼を反省させる。昨日の静とのごたごたといい、最近調子がおかしい。
 だからせめてこの姉とだけは、平坦な関係を築いておかねばならない。強い感情はいつもやっかい事を引き起こす。彼はよく分かっていた。
 
「もう撮ったの?」
「まだよ。今、明にやり方を説明していたところ」

 なぜか誇らしげに灯が言う。尻馬に乗ったのは今度は美希だった。
 
「じゃあ、高江くんのプリクラ初体験を済ませたら、後はみんなで撮ろうか」
「美希ちゃんエロいよー」
「エロくないから。ほら、天嵩姉弟、さくっと…」

 美希の言葉は何気ないものだった。
 明は無言だった。
 
――天嵩姉弟だと?!

 鏡面のように平らかな心の水面が一瞬で強烈に波立つのを彼は奥歯を噛みしめてじっと堪えた。いつもこうだ。
 強い感情はライターの着火に似ている。まず、胴体に蓄えたガスを放出する。そのあと火打ち石が回り…。
 
 火花がガスに火をつける。
 
「明?」
「あ、はい」

 灯に手を引かれて彼はなすがまま、シートをくぐり撮影機の前に立つ。
 たった一枚ヴェールを引かれただけのはずなのに、薄暗い矩形の空間は外の喧噪を完全に閉め出していた。
 
「ね、明、ちょっと屈んでみて?」

 指示されたとおり屈むと、彼の顔と灯の顔がちょうど同じ高さになってディスプレイに映し出された。
 
「フレームはなにがいいかしら」

 小首を傾げて悩む少女を、言いつけ通り中腰のまま見守る自分が滑稽な気がした。彼は心中の自嘲を振り払うために、同じく画面の中をのぞき込む。

 ファンシーグッズのキャラクタが描かれたものや種類も分からない原色の花があしらわれたものなど、様々なフレームを眺めながら、灯は画面をスクロールしていく。二回ほどページを送ったところで、明はそれを見つけた。

 他のものに比べるとシンプルすぎて寂しささえ感じさせるそれは、絵画の額縁を模したものなのだろう。青みがかった黒の枠が、自分たちの顔を映した領域の回りを囲む。
 自分がなぜそれを気に入ったのか明には分からなかった。ただ単純に素っ気ないデザインを求めていたのかもしれないし、あるいは、毎晩眺めるあの忌まわしい物体――父の遺影――を思い起こさせたからかもしれない。
 
「これなんかどうですか?」
「いいわ。じゃあ、これにしましょう」

 サンプリングされたと思しき、不自然に明るい女声のアナウンスが流れている。設定が終わって初めて彼はそのことに気が付いた。
『準備はいい? 行くよ!』
子供向けの砕けた言葉遣いでアナウンスが撮影の時を告げる。

――そういえば、「あの写真」はいつ撮った物なのだろう。

 フラッシュが炊かれる一瞬、彼はそんなことを考える。黒い質素な額に抱かれた遺影の中の父親はかなり若い。写真の類を全く撮らなかった明との生活の中で撮られた物ではありえない。するとあれは、天嵩の家にあったものなのだろうか。ひょっとしたら、母親と結婚したときの記念写真なのかもしれない。
 我ながら突飛で皮肉な発想だと、彼は低く笑った。
 
 
 そしてシャッターが下ろされた。
 彼にとって初めての家族写真は、切手を少し大きくしたくらいのちっぽけな物だった。


第7回へ続く
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