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光について 5-1

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2005-02-14

BMが進まないと、どうも光に逃げる傾向がある模様。
5話目に入り、静を徐々にフォーカスしていく予定。
そろそろキャラの輪郭が見えてくることを期待して。



光について 第5回
 
 
 
「おまえ、何がしたいんだよ」
「うっさい」

 長い沈黙の後でそう尋ねた孝太郎に、静の答えはひどく素っ気ないものだった。明の住む団地を出ると、外は日暮れの柔らかい残光に染め上げられていて、とぼとぼと擬音を立てんばかりにしぼんだ二人の足音がその中に溶けていく。
 先刻灯にはたかれた彼女の頬は、時間の経過とともに真っ赤に腫れ上がり、鈍痛を感じるがままに静は黙りこくっていた。
 
「ねじ曲がり過ぎだぞ。明のこと好きなんだろうが。ずいぶん複雑な反応じゃん?」
「うるさい! そんなんじゃない!」
「別に良いけどな。あんま迷惑かけんな。あいつもいろいろ忙しいんだから」
「…」

 あえて突き放す彼の言葉に、言い返そうと口を開きかけてやめた。彼女は考える。何かきっかけが必要なのだ。彼女は人を好きになったことがない。しかし、好きに「ならなければ」ならない。なぜなら周囲の友人たちが皆、恋を大切と言うからだ。
 強く目を閉じて、心にわき上がる徒労感を押し込める。そしてつぶやいた。
 
「ねえ坂下」
「ん?」
「あんた今カノジョ居たっけ?」
「ああ、いるよ。4組のやつ」
「だれ? 彰子ちゃん?」
「いや。上月美帆」
「ああ、上月さんなんだ。しらんかったわ」

 声が徐々に平静を取り戻しつつある。それは好転の証だと思った孝太郎は、更に続けた。

「先月バスケの大会あったじゃん? あの後告られて。まぁいいかな、って」
「ふーん。あの娘どう?」
「どうってなにが?」
「フィーリングとして。やっぱグッと来るもんなの?」

 恋愛巧者を装う普段の静からは聞くことができない質問だった。いつもならばここで滔々と恋愛論を一つ語り始めるところ。しかし今日の静にそんなそぶりは見えない。
 
「愛してるか、とか聞かれたら分からないけど、一緒にいてイイ感じではある。可愛いし」
「のろけんな。確かに上月さん可愛いけどさー」

 静と美帆は友人関係にはない。二人が知り合いだったとしたら、彼との仲を静が知らないはずがないのだからそれは確かだ。
 何を考えているのか、静は再び黙り込んでしまう。
 
「恋とか愛とかそういうもんではないなぁ。やっぱり」
「じゃあなんで?」
「可愛いじゃん。手とかちっちゃくてさ。肌もつるつるで、触ってると気持ちいいし」
「げぇ。キモい。変態」
「キモくねえよ。そんなもんだろう。実際」
「じゃあさ、坂下…」

 一瞬口ごもる。彼は横目に静の表情を確かめ、そして促す。
 
「なに?」
「あんたはさ、すごい熱い恋愛したい、とかおもわんの?」
「いや、思うよ。そりゃ思うさ。でも無理だろ。そんなん宝くじに当たるようなもんで、普通はないんじゃね?」
「じゃあさじゃあさ!」
「なに?」

 今度の沈黙は長い。二人の革靴が地面を叩く音がやけに強く響く。この静寂。孝太郎にも覚えがある。
 試合の後、控え室を出たところに待っていた上月美帆。真正面に立ちすくんだまま、二分ほど黙り込んでいた。告白されるのには慣れているけれど、やはりいつになっても落ち着かない。
 自分が対象になっているのに比べれば、今回のそれは多少は気が楽だ。静が思いを打ち明ける対象は自分ではない。予行演習のようなものならば、ずいぶんと重荷の量も違うのだ。
 
「そんな適当でもいいのかな。あたし、分からないんよ。やっぱり高江のこと気になるんだけど、愛とかじゃないと思うし」
「つーかおまえ、なんで高江好きになったわけ?」
「それがさぁ。理由なし」
「あー」
「なに? そのやる気ない相づちは。ほら、二年だし、ここは一つ恋でも探そうと思い立ったわけよ。そういうのよくあるでしょ」

 静は肩から掛けて脇で挟んだ通学鞄をぺちぺち叩く。真っ赤に染まった頬は夕日のせいではない。
 
「それで?」
「それで、あんたらとよく話すようになったじゃん。で、あんたはモテそうだから、モテなさそうな高江とかどうかなぁ、って」
「すげえ打算的」
「うっさい黙れ。でね、でね、高江をチェックしてたんだけど、よく見てると意外とほら…」

 今度は小さな頭をぶんぶん振って、まとわりつく気恥ずかしさを振り払おうと必死になる。
 
「おまえ意外といい目してんな。いいじゃん。高江。掘り出し物の優良物件だぞ」
「だよねだよね! 坂下あんた、分かってるじゃん。ただのバスケ馬鹿の変態かと思ってたけど」
「熱田は口悪すぎ。もっとこう、おとなしさを装えよ。男は基本的におしとやか大好きなんだよ」
「そういうのってどうなのよ。だましてるみたいじゃん」
「当たり前だろうが。おれなんかすごいよ? もう、カノジョと会ってる時とか、すげえカッコつけてるもん」
「うわぁ、詐欺師。この詐欺師! 今度上月さんに忠告しとかなきゃ。坂下変態だよ、って」

 彼は破顔一笑。笑みとともに、肩にのし掛かる嫌な空気が霧散していくのを感じていた。この流れならば聞ける。最後に残った最大の懸念を、何気ない風を装って口に出した。
 
「まぁ、それはおいといて、天嵩先輩についてはどうなのよ」

 途端にしぼむ静の表情に、彼は自分の拙速を悟る。小さな口をきつく結んで俯く姿は、いつもの大きな態度に比して、ひどく儚げに見えるのだ。
 
「ねえ坂下…」
「うん?」
「やっぱりさ、先輩、高江と…」
「どうだろ。おれもわからん」

 会社帰りのサラリーマンで混雑する駅前で重たい話はしたくない。孝太郎はそう思った。肩を落として地面を見つめる静に掛ける言葉が思いつかない。何を言ってもうまく行かない気がするのだ。天嵩灯の態度は明白だった。付き合っていようがいまいが、とにかく明との関係が深いものであることは間違いない。
 
(なんでおれがこんな面倒なことに…)

 彼は誰にも聞こえないため息を一つついて、明日が土曜日であることに感謝した。こんな状態のまま顔を合わせるのは不味い。
 
「まぁ、その、おいおい分かるでしょ。今夜でも聞いといてやるよ。な」

 彼は努めて明るくそう言うと彼女の肩を軽く叩いた。顔を上げる少女の瞳には涙などない。ただうつろに、灯に打たれた頬をさすっていた。

「じゃあ、また月曜にな」
 
 
 

 
 
 
 髪を後ろで縛ってエプロンをつけた姉の姿は、彼にある種の感慨を呼び起こす。冬の部屋に放置されて冷え切ったストーブに灯がともるように、ぼぅと橙色の光がわき上がる。父親と二人の生活が刻んだテーブルの傷を人差し指で撫でながら、明はそんなことを考えている。
 孝太郎と静が灯の剣幕に追い散らされてから、もう三時間も経つ。夕食を作ると勢いごんで昼間に買い込んできた食材の袋を漁る灯の態度からは、先ほどの小競り合いの影響は見えない。時折鼻歌混じりにてきぱきと具材をより分けていく。強制的に父親の半纏を着せられて、リビングの椅子に一人ぼうっと座る彼はただじっとその後ろ姿を見ていた。
 そして、いいかげん退屈を持て余したところに姉の声が飛び込んできた。
 
「さぁ、リクエストあるかしら?」

 準備万端整って、誇らしげに胸をはる灯がふと可愛らしく思えたものだから、慌ててその感情を打ち消すしかない。

「特にないです。本当にすみません。食事まで作って貰っちゃって」
「もう。さっきから謝ってばっかり。気にしないでって言ってるのに」
「でもやっぱり変な気分ですよ」
「そうかしら? 弟にご飯を作ってあげるなんて、結構ありふれてるんじゃないかしら」
「どうなんでしょう」

 またしてもやっかいな方向に話が進みそうになっていた。口を噤んで返答を避けた明をもどかしく思う灯だが、この段階でこれ以上踏み込むのは得策ではないことも分かっていた。慣れた手つきでフライパンに油を引いて、細切れにした豚肉を放り込む。途端に部屋を覆う小さな破裂音の群は、油のにおいに包まれて、換気扇が煙を効率的に排出していく。
 明はテーブルに頬杖をついていた。椅子の隙間に足をふらふらと揺らす様は、自身が気づかぬうちに幼時の面影を色濃く残していた。
 
「明」
「はい?」
「まだプラモデル作ってるの?」
「プラモ?」
「ええ。昔よく作ってたじゃない?」

 調理場の雑音を押さえて灯が尋ねた。彼はキッチンを横目で見るが、背中を向けたままの彼女から表情を伺い知ることはできない。
 
「今は作ってないですよ。不器用だから、昔から一つも完成できたことないし」
「あなたのプラモ、ほら、飛行機のやつ。わたしが最後まで作ったのよ。子供の頃のやつよ」
「そうなんですか。…先輩がプラモって、似合わないですね」
「そうかしら。もう必死だったわ。説明書なんて暗記するくらい読んだし。昔一緒に作ったでしょう? そのときの経験が役に立ったんだわ」

 そのころのことはほとんど覚えていない。だからきっと灯の言うとおり、自分はプラモデルが好きだったのだろうと思う。疑う理由はなにもない。問題なのは、自分の知らない過去を知っている女が居て、絶えず自分に「彼女の」過去を刷り込もうとすることだ。微熱混じりの頭で彼は考えていた。

「一番大変なのはね、シールを貼るところ。星の形のシールを羽根に付けるんだけど、一度水に浸して、浮き上がったぺらぺらのやつをピンセットで置いていくの」

 コンロの火に掛けたフライパンを揺すりながら、灯は止めどなく喋り続ける。彼には姉の背中しか見えないから、彼女の表情までは分からない。だが、いつになく弾むその声が、灯の内心を何よりも雄弁に表していた。

「やっているうちにのめり込んじゃって、何冊か雑誌も買ったわ。本屋さんで店員さんに変な顔されたけど、ここまで来たらとことんやってやるんだ、って」

 その頃のことを思い出しているのだろう。愉快そうに笑うその様に合わせて、彼も愛想笑いを返さざるを得ない。

「先輩、意外と凝り性ですか?」
「そう。わたし凝り性ね。『そこそこ』ができない人間なのかも。その飛行機に味をしめて、その後ロボットのプラモも買ってみたんだけど、あれはダメ。接着剤いらずで単調なんだから。…そうだ、明もあれなら大丈夫だわ!」

 姉と膝をつき合わせて二人でロボットのプラモを作る。そんな光景を思い浮かべて明は苦笑した。

「ジグゾーパズルとか好きでしょう、先輩」
「なんで分かるの? 大好きよ」
「おれもパズル系は好きです。テトリスなんか、プロ級ですから」
「ファミコン?」
「いえ、ゲームボーイの方。一度始めたら三時間でも四時間でも」

 プレゼントなど滅多に貰わず、またねだったこともなかった明にとって、一〇歳の誕生日に父親に与えられたゲームボーイはまさに宝物だった。本体と一緒に買って貰ったソフト二本、そのうちの一つがテトリスで、とにかく大のお気に入り。飽きもせずに暇を見つけてはプレーし続け、今ではほとんど無意識に指が動くまでになっている。

「先輩はゲームとかします? 女の人はあんまりしませんか?」
「わたしはゲーム機自体持ってなかった。でも、ちょっと興味あるわね。ご飯食べたらやらせてくれない?」
「いいですよ。でも、のめり込んで壊さないように」
「もう、馬鹿なこと言わないで。壊すわけないじゃない」

 平気で冗談を飛ばす自分に彼は少し驚いていた。キッチンから匂い立つ中華料理の匂いが空きっ腹をひどく刺激している。食事を待つこの瞬間は至福のもので、この世のあらゆる警戒心を打ち崩してしまう。
 思えば家で人と話ながら何かを食べること自体、もう一ヶ月ぶりになる。あるいは気が付いていなかっただけで、心の奥底で寂しがっていたのではないか。思い至って気恥ずかしいが、反発する気にもなれなかった。

 白い湯気が立つフライパンから、装飾のない白い皿へ、野菜炒めが盛りつけられていく。電子炊飯器の蓋を開けると、凄い勢いで沸き上がる蒸気の向こうに、きらきらと白米が輝いている。
 茶碗にご飯をよそう姉の手が抑えがたく恋しかった。

 肩の筋肉がゆっくりと解れていく。

――これが餌付けってやつか。

 このとき、明の皮肉混じりな感慨は、いつもの険を幾分か落としていたかもしれない。


5-2へ続く
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