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光について 3-2

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2004-12-22

光について

第3回続き。
こういう10枚毎のアップも悪くないなぁ、と思う。後で HTML 化するときにもう一度見直すとして、書いたままをアップ。









 高校に入学して以来ずっと同じクラスに属してきた灯と美希は、二年と少しの年月が許す限り、相手の情報を知悉した仲と言ってよい。
 美希は今も、灯との初対面で得た鮮烈な印象を覚えている。透き通るような肌に映える柔らかくウェーブした長い黒髪も、丁寧に作られたまつげも、頬の白にとけ込む桜色のルージュも、全て。化粧を覚えたばかりの、まだあか抜けない美希にとって、寸分の隙もなく彫琢されつくした灯の美貌は、同性でありながら、羨望と驚嘆を感じるに相応しいものだった。

『ねえ、それどこのリップ?』

 新学期最初のホームルームで行われた席替えの結果、灯と隣り合った席に位置づけられたことは、美希にとってただの偶然と片づけてしまうわけにはいかない出来事だった。
 意を決して話しかける美希に、灯は気さくな答えを返した。異性の前で被った猫の皮を女同士の間柄でも被りきることは難しい。だからだろうか、声を掛けられたことを心底喜んでいるらしい灯を、彼女は好ましく思った。続く会話の中から優越感は嗅ぎ取れなかった。化粧やファッションのセンスが一定の価値を持ち、所謂「序列」のようなものを形成する一因となる彼女たちの世界に於いて、そのスキルを誇らないことは稀である。灯の気さくな態度は、しかし強者の余裕のようなものからくるそれでもない。だからだろうか、彼女は灯を、優雅な白魚のような肢体を持つ同年代の少女を、まるで王女のようだと思った。生まれながらに他人と競う必要のなかった人間なのだと思ったのだ。
 

「あれかぁ、灯さまの弟。結構可愛い感じだね」

 美希の笑みは下世話な好奇心に彩られていたけれど、そこには一部真摯な色が差していた。灯は答えない。ただその口元に浮かんだ満足げな微笑みの欠片だけが、心境を伝えていた。

「すいません。お待たせしちゃって」
「いいよー。こっちこそゴメンね。いきなり押しかけちゃって」

 ゆっくりと歩いていた二人に明が追いついた。声を掛けられて、答えたのは美希。明は空いた両手をズボンのポケットに突っ込んで、少し猫背気味で二人の隣に並んだ。

「どうします? こういうとき食堂があればいいんですけど…」
「視聴覚室空いてるんじゃない? そこでいいじゃん」
「そうね。あそこなら人も来ないし」
「うんうん。わたしもう、さっきからこれ食べたくって」

 美希はおどけた仕草で手に持った菓子パンの袋を掲げてみせる。明は芯のない声で小さく笑った。

「でさ、さっきの子。凄かったねぇ。明くんにすっごい突っかかってた」

 いきなり下の名で呼ばれた彼は、はっと驚いて美希を覗き見る。しかし彼女は特に深い意味を込めたわけでもないらしく平然としていた。

「ああ、あれ、熱田静っていうんですけど……なんていうか、いいのかな、こんなこと言っちゃって…」
「いいよ。わたしが許す」

 何か権限があるわけでもないのに、美希があっさり許可を出した。明にしても、躊躇は前振りに過ぎない。

「熱田は天嵩先輩のファンみたいですよ。なんか憧れてるみたいで」
「ファン?」

 呆然と呟く灯。擬態ではない。本当に不思議がっている。
 彼女の反応は明の予想にはないものだった。人間である以上、自分が他人からどう思われているか、考えたこともないとは思われない。ならばより深い擬態なのだろうか。

「ですね。二年でも先輩のことイイって言ってるやつ多いですよ」

 だからもう一度探査ピンを打ってみる。明にとって、会話とは、他人の秘めた本心をあぶり出すための営みに過ぎなかった。上手く出来れば自身の安全性は増す。ミスを犯せば自身を危険にさらす。相手が言われたいと望んでいることを、「気が付かない振り」をしてこっちから言ってやる。そうすれば、対話者は彼を受け入れる。明自身を受け入れたいのではなく、明の「言葉」を真実と受け入れたいのだ。
 灯にとって、自分の容姿を褒められるとはどういうことなのか。それを知りたかった。褒められたいならば褒めてやればいい。それでこの、やっかいな台風の目は大人しくなるだろう。
 しかし、二度目の探査も失敗に終わった。灯の反応はまたしても読み切れず、その反問は、迂闊に答えれば関係が窮地に陥るようなポイントを的確に突いていた。

「明はどう思うの?」

 視聴覚室のドアを開け、他に来客のないことを確認してから、日の入る窓際の席に落ち着いたところで、灯がそう尋ねた。あくまで世話話、笑い話。雰囲気は和やかなまま、しかしひどく答えに窮する質問だった。

「おれですか? ええっと、言っちゃっていいのかなぁ」
「いいよいいよ。わたしが許す」

 パンのビニール袋を開けて、既に三分の一ほど食べ進んでいた美希が再び許可を与える。

「本人を前に言うのも恥ずかしいんだけど、いや、先輩イイと思いますよ」

 途中半笑いを混ぜながら彼は言い切った。少し恥ずかしそうに。冗談めかして、しかし本心であることを感じさせるように。こういう微妙な会話は節度が全てだ。さじ加減を一つ間違えれば、たやすく暴走してしまう。また一つ、やっかいなもめ事を背負い込むことになるかもしれない。本気でもない。嘘でもない。白でもないし黒でもない。全て玉虫色のまま、有耶無耶のうちに話題を変える。徒手空拳、頼るものなど何もなく生きてきた明にとって、護身の第一は自分の色を抹消することであった。

 彼の台詞が灯に与えた影響は、表面上どこにも見いだせない。髪の隙間に覗く、真っ赤に染まって湯気を出しそうな耳だけが、反応といえる唯一のものだった。
 俯いてはいるものの、満更ではない灯の仕草を見て、美希は重ねて言いつのる。もう一歩。踏み込んでも大丈夫。美希は灯と過ごした経験から予測していた。しかしその読みが、決定的な第三者を抜かして行われたものであることには、まだ気が付いていなかった。


「おー! 言い切ったねー。さてはさては、明くん、シスコンだな? 相思相愛じゃん、灯さま」

 愛の告白めいた言葉を吐いた時にも大した変化を見せなかった明の瞳が、美希の発破を受けて、一瞬に限界まで見開かれた。注視していなければ決して気が付かない。しかし、その瞳に浮かんだ色は、照れや驚きでないことは明白だった。彼は喉がかれるほどに怒鳴り散らしたい衝動を、握り拳の圧力に転化する。
 
「これ、口に合うか分からないけど、よかったら食べて」

 ほとんど初対面の二人の会話を取り持とうと、明の胸中を無視して灯が差し出した弁当箱は、大きさからみて男性用に相違ない。家に転がっていたのか新たに買ったものなのか。どちらにしろ、その行為自体が明のささくれを倍加させる。
 彼は自分と灯の関係を明かしたくはなかった。灯という校内の有名人との係累は、よきにつけあしきにつけ明自身が浮き上がることを意味する。幼児期に途切れた関係を今更修復することに、彼は意味を見いだせない。人恋しさを感じる段階はとうの昔に過ぎていた。

「悪いですよ。それにおれ、もう飯食べちゃいましたし」
「なに姉に敬語使ってるのよう、明くんさぁ、こう、長い別離の後に感動の抱擁! 『おねえちゃーん!』って」

 美希の浮ついた声は、部屋中の壁を隈無く覆った防音材に吸収されてしまう。しかし、明の押し殺した呟きは消えてゆく彼女の言葉を叩き割るだけの硬度を持っていた。

(あ、おれヤバイかも)

 自覚をもたらす前に、舌が勝手に動き出す。

「あんた誰だよ。さっきからごちゃごちゃ」
「……え?」

 顔面の筋肉はもう彼の意のままには動かなかった。それはひどく強ばって、露天で売られる仮面のような安っぽい形相を取り戻すことはできない。そしてまた、咄嗟に口を衝いて出た言葉を取り消すこともできはしないのだ。

「いや、そういうの先輩に迷惑掛かるじゃないですか。姉弟っていっても、もう昔のことですし、今は全然関係ないんですよ。おれのこと気に掛けてくれて凄くうれしいですけどね」

 呆然と口を開いたままの美希を尻目に、早口で捲し立てながら明は席を立つ。これ以上この場にいるのは不味いと直感が告げていた。胸の内に宿った理解不能の怒りを解消する術が見つからない。放っておけば何を口走るかも分からない。
 
(最悪だ)

 大股で、大急ぎで出口を目指す。だが、背中に届く灯の声が、制服の襟をしっかりと掴んで離さない。

「明! ――ごめんなさい。明。美希も悪気はなかったのよ。ね、美希」
「え、あ、うん。ごめんね、明くん。別に馬鹿にした訳じゃないんだ。本当に」

 大きく一つ息を吸って、彼はゆっくりと振り返った。ようやく解れた顔の筋肉が、素早く普段の曖昧な笑みを修復していく。

「気にしないで下さい。おれの方こそなんかデカイ態度ですいませんでした。……じゃあ、またいつか。先輩達も早く飯食べないと時間なくなっちゃいますよ?」

 冗談めかした台詞の最後は、いつものように乾いていて、中味はやはり空だった。


<さらに続く>
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Comment

U : 2004-12-22(Wed) 21:24 URL edit
面白い。明の強かな処世術が、煮え繰り返る本心に塗り替えられる部分ににやりと感じさせられてしまう。幼い頃からの癖か、人と腹を割って話すことなどありえない、と行った風の明。対照的に疑うことなど知らないような、現代にとっては希少ですらあるお嬢様風、灯。二人の間にこの後はどのような葛藤、ズレ、苛立ち、憎しみ、羨望、嫉妬、そして回帰会合(ここは勝手な期待です)があるのか――――。
 ああ、言うなれば――――――――期待大!燃える、いや萌える?なんというか、作者さまが色濃く出た作風含め、人物(静かにはもっと暴れてくれよとか願ったりw)この作品も大好きですよ、と言うことですね。いろいろ連載おありで大変でしょうけれど、ファイトです!!てか、長文すいません!
 興奮したので!と、言い訳ですw
no name : 2004-12-22(Wed) 23:45 URL edit
あぁもう、色々言いたいことはあるけど、とりあえず最高!
インモラルがなんぼのもんじゃ。ドンとこい。
末永く楽しみにしますので、程々に執筆を頑張ってください。
笙司眞一 : 2004-12-24(Fri) 17:46 URL edit
>Uさん
本当に、お読みくださってありがとうございます。灯と明の対比は出来うる限り大きくして、状況の落差を出せればいいと思っております。ほぼ初めて書く恋愛モノ、書いていて楽しいです。是非、今後ともよろしくお願い致します。
P.S:静、今後色々出番ありますので、ご期待ください。
>匿名希望さん
インモラル? なにそれ? な勢いで書き進めていますw
ご期待に沿えるよう、熱いお話にすべくガンバリます。コメントありがとうございました。
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